【読んだ】神田松之丞「絶滅危惧職、講談師を生きる」新潮社
「絶滅危惧種、講談師を生きる」
神田松之丞/著 、杉江松恋(すぎえまつこい)/聞き手
新潮社
発行 2017年10月30日
2018年の暮に飛び込んできた「神田松之丞 真打ち昇進」のニュースを受け、神田松之丞さんのこれまでについて知りたくなり、2017年に出版された新潮社「絶滅危惧種、講談師を生きる」を手に取りました。落語はおろか、講談とは縁遠い場所にいた筆者のような者にも「神田松之丞」の名が届くほど知名度の高まった2018年…と思いきや、発行当時の2017年でもすでに多くの人から熱視線を集めていたことがわかります。
少年期から思春期、入門から前座時代
1983年、東京都豊島区池袋に生まれた古舘克彦(ふるたち かつひこ)…これがのちの神田松之丞さん。「絶滅危惧種、講談師を生きる」では、杉江松恋氏の質問に応える形で、古舘少年が経験した父の死や大学受験、入門したはいいがまったく前座仕事ができなかったという「Fランク前座」時代などを経て、二ツ目に昇進するまでの軌跡が語られています。神田松鯉先生が語る「神田松之丞」についてや、「松之丞」の名の由来なども収められているほか、神田鯉栄(りえい)姐さんとのやり取りなど、前座時代のエピソードなどにも多々触れることもできます。
合間合間に子供時代のあだ名や恋愛観、私服と持ち物についてなどを取り上げる「松之丞、自らを語る」というコーナーが挟まれており、「神田松之丞」という人を知るには必携の1冊と言えるでしょう。
落語界ユニット「成金」の終わりを示唆
真打ち昇進の報道があった際、TwitterやFacebook、Instagramのファン投稿を見ていると、神田松之丞さんが所属する落語界のユニット「成金」について、松之丞さんファンだけでなくユニットメンバーのファンから「成金はどうなるのか」といった感想がありました。同書ではもちろん、松之丞の取組みを語る上で避けては通ることのできない「成金」についても触れています。
「成金」の名、考案者は昔昔亭A太郎さん
「成金(なりきん)」とは、柳亭 小痴楽(りゅうてい こちらく)、瀧川 鯉八(たきがわ こいはち)、昔昔亭 A太郎(せきせきてい えーたろう)ら11人の二ツ目で編成された落語芸術協会のユニット名です。
「絶滅危惧種、講談師を生きる」によると、「成金」との名を考案したのは、名称を決める場にいた昔昔亭 A太郎さんだったとか。
(以下、神田松之丞の話)「最初、毎週金曜日にやるから<キンヨル>という案も出ていたんだけど、それもいいけど、もうちょっとエッジの利いた小生意気なのがいい、と。多数決で成金に決まりました。」
「絶滅危惧種、講談師を生きる」 神田松之丞/著 、杉江松恋(すぎえまつこい)/聞き手
新潮社 2017年10月30日発行 118頁
同書で杉江氏の質問に答える瀧川鯉八さんの話によると、「成金」との名前に決まったのは御茶ノ水の「旨い屋」という居酒屋チェーンでのことだったそうです(残念ながらこの居酒屋さんは2019年1月10日調査時点によると、すでに閉店しているようです…)。
松之丞さんも、「成金」というユニット名は、将棋で「歩」が「金」に成る「成金」と、お金持ちに成り上がる「成金」のふたつの意味合いを持ち、当初は西新宿にある「ミュージック・テイト西新宿」で毎週金曜日にやる、ということからもぴったりな名前だとしています。
「成金は終わりもはっきりしている」
杉江氏は同書の中で「成金は終わりもはっきりしている。」と名言しています(同書122頁)。それは、「誰かが真打ち昇進を果たしたとき」とのこと。杉江氏はその時を2017年の発行時点ではっきりと明記しています。
成金は終わりもはっきりしている。誰かが真打昇進を果たしたときが、会を解散するときだ。香盤(中略)で一番上なのは柳亭小痴楽だが、二〇二〇年の東京オリンピック開催までには間違いなく昇進を果たすだろう。それは結成当初から決められていたことで、メンバー間に意識もしっかり共有されている。
「絶滅危惧種、講談師を生きる」 神田松之丞/著 、杉江松恋(すぎえまつこい)/聞き手
新潮社 2017年10月30日発行 122頁
ぴったり的中、スポーツ報知が2018年12月28日に報じたところによると、小痴楽さんは2019年9月下席(下旬)に真打ちに昇進します。まさにオリンピック開催までに昇進を果たすわけですね。松之丞さんも、同書の中で成金は「青春芸」であるとし、いつまでもやっちゃいけない、と述べています(122頁)。「終わりどころを探したら真打昇進しかないんです」としており、当時から香盤トップの小痴楽さんが真打になったら解散、というのを決めていたことが伺えました。
筆者は新参者のファンですので、こういった背景を知りませんでした。ですから、今回このような経緯を知ることができ、これからは「成金」の“終わりの始まり”を見ていきたいと思うようになりました。すでにこの話をご存知のファンの方の間では、真打昇進のニュースが駆け巡ると同時に「ついに解散するのか」というコメントが出ていたのも頷けます。
第六章「真打という近い未来」が現実に
「絶滅危惧種、講談師を生きる」が「神田松之丞」を知るには欠かせない1冊であることは先述の通りです。神田松鯉先生に入門するまでや兄弟子さんたちとの関係についても非常に興味深い中で、最も注目したいのは第六章の「真打という近い未来」です。
「絶滅危惧種、講談師を生きる」が発行された2017年6月、松之丞さんは二ツ目として満5年を迎えました。聞き手である杉江氏は、真打昇進は遥か先のことではなく、当時から見て「数年後には実現するはずの出来事」と表現しています(183頁)。まさか発行から約1年半後に昇進確定のニュースが出て、その昇進が2020年という、本当に数年後となることは杉江氏も驚きでしょうか。
真打昇進の披露目興行は歌舞伎座で…
同書内で松之丞さんは「真打昇進の披露目興行を歌舞伎座でやりたい」と語っています。杉江氏によると、これは松之丞さんとお師匠さんの神田松鯉先生との間柄を表したことでもあるといいます。2017年当時に「普通ならばあと5年ぐらいかかる」と松之丞さんが語った昇進が実現した場合、その時松鯉師匠は79歳。松之丞さんは、なんとしてでも披露目の舞台では松鯉師匠に舞台に並んでもらいたいのだとか。
立川談志師匠の「らくだ」を所沢ミューズで聴き、芸人として生きることを決め、寄席や独演会に通い神田松鯉先生へ心が傾き…「調子に乗っている」と後ろ指をさされることもありながら、講談に・師匠にひたむきに生きてきた神田松之丞さん。影のある講談師ですから、好き嫌いもはっきりと分かれることでしょう。まったくの初心者も、これまでのファンも、松之丞のこれまでとこれからを知る上で欠かせない1冊です。
…余談ですが、神田鯉栄さんは張り扇の叩き方を10パターンほどお持ちだとか(81頁)。このワンフレーズだけで、鯉栄さんの高座にも行ってみたいと思いました。さらにさらに…、神田松鯉先生は「周囲が連続物をそれほど重視していなかった時期」に、「しかも師匠である二代目神田山陽までもう連続物の時代じゃないと言っているにもかかわらず」自分の信念を貫き通した(141頁)方なのだとか。うーん、聴きに行きたい…。まだまだ勉強が足りない講談ですが、松之丞さんをきっかけに、さらにその奥深くへ入っていくことができればいいですね。
もっと知りたい松之丞
亡くなられた父上に関するお話と、立川談志師匠の「らくだ」に関するお話は、ラジオ「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ」でも話されていました。ポッドキャストでダウンロードして聴けますので、まだの方はぜひ。
■ポッドキャスティング バックナンバー
【Podcast】2018/04/29 講談師として生きる
ゲスト:神田松之丞さん、額田久徳さん
【Podcast】2018/04/15 神田松之丞さん「講談師として生きる」 ゲスト:神田松之丞さん、額田久徳さん
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