【読んだ】黒死病 疫病の社会史 著:ノーマン・F・カンター 訳:久保儀明,楢崎靖人

『黒死病 疫病の社会史』
著者:ノーマン・F・カンター
出版:青土社 (2020/6/29)
ページ:254

新型コロナウイルス感染症が蔓延する中、過去の感染病の歴史について知ることで今後の社会変化について何か示唆を得られるのではないかと思い手にとり読んでみました。時代背景や宗教と社会の関連性など、興味深いテーマに溢れていますが、今回は上流階級と労働者階級の立場と変化、現代への示唆についてまとめます。

◆本著の特徴:イギリスの黒死病時代の社会史

黒死病よりもペストという名の方が一般的かもしれませんが、黒死病という名前は感染者の皮膚が内出血により紫黒色になるという病状から由来しています。感染が広まったのは14世紀で、西ヨーロッパの総人口のうち少なくとも3分の1が命を落としたと言われているとか。本著はタイトルにある通り、この黒死病による社会史に関する本であり、被害の大きかったイギリスについて焦点が当てられています。

◆上流階級と労働者階級の立場の変化

黒死病が流行った14世紀は産業革命前の時代であり、当時の主要産業は農業でした。現在のように機械があるわけではないので、農業を営むためには数多くの農場労働者を必要としていました。実際に当時のイギリスの総人口の90%は農村部に住んでいたとされています。それが、黒死病による大量死により、農場労働者は激減。人手不足という致命的な打撃を受けました。

このような人口の減少の影響は、当時の階級社会である資本家階級と労働者階級の上下関係に変化をもたらしました。農場労働者が圧倒的に不足したことにより、労働者の立場が強くなったため、資本家階級である貴族や修道院などに対し賃上げなどを要求するようになったのです。このような資本家と労働者の立場の変化により、農場労働者の中でも富めるものが現れるようになりました。しかしその一方で、農場労働者の中でも黒死病の影響で自立の機会を逃し、より貧しくなる者も現れ、農民の間でも格差が生じます。

◆アフターコロナを考えてみる

黒死病により、当時のイギリスでは労働不足により裕福になる農民が現れたように、労働者階級のなかでも裕福になるような者が現れるようになりました。これは14世紀のイギリスの主要産業である農業が労働集約型を採るがゆえに、黒死病による労働者の減少が労働者の立場を強めることとなりました。このような黒死病による社会的な変化は、労働集約型の農業が主産業であるがゆえに起こりえました。

今のコロナ禍、ウィズコロナの時代でこのような事象と類似するケースは、人手が必要とされる医療事業が想定されます。現に2020年7月、東京女子医大病院のボーナスカットに対し、約400名の看護師が一斉に退職の意向を表明しました。病院側も経営が苦しい状況での施策でしたが、感染者が急増するなかで、人手を必要とする環境では、不足している医療従事者の立場は相対的に強くなります。現代の日本は、黒死病の時代のイギリスのように極端な階級社会とはなっていませんが、感染するリスクを覚悟しながらも従事する医療スタッフに対し何らかの報われるようなインセンティブを付与しないと、医療崩壊を招きかねないと思います。そのような状況を予見させる一冊でした。

らく@staff
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